自己紹介
滋賀県の田舎に生まれ、20歳位までは長らく地元で暮らしていました。
地元はかなり過疎化が進んでいる地域で、小・中学校の同級生は30人程しかいませんでした。
自然の豊かな場所だったので、子供の頃は山や川で遊んでいました。
高校や大学も滋賀県内の学校に通っておりました。
社会人になってからは営業系の仕事をしていました。
その後、20代半ばでエンジニアへ転職。
2024年現在は大阪府に住んでおり、ほぼフルリモートで働いています。
趣味は水泳と料理です。
子供の頃から水泳を習っていたので、大人になってもたまにプールへ泳ぎに行きます。
得意料理はガパオライスです(*’ω’*)
Saburiのスキルシート
私がこれまで身に着けてきたスキルをまとめています。
エンジニア歴は2024年時点で4年目です。
※随時更新しておりますが最新の状態になっていない場合があります。ご留意ください。
なぜエンジニアになったのか?
エンジニアを志した理由は、「自分にできることが増えて、成長を実感できる」という思いからです。
学生時代は趣味でプログラミングやウェブサイト運営を行い、IT技術に触れる中でその奥深さと可能性に魅了されました。
技術を学べば学ぶほど成長を実感できる点が、今でも私のモチベーションの源です。
営業職時代・独学でエンジニアへ
当時は仕事にできる程ITスキルに自信がなかった事や大学の専攻が文系だった事もあり、20代前半までは営業系の仕事をしながら過ごしました。
20代半ばになり、今後の人生をどう生きていくかを再考した所、エンジニアとしてIT技術に携わりたい、新しい世界に挑戦したいという気持ちを再認識しました。
また、エンジニアという職業の将来性や待遇の良さ、IT技術への知見が増えることで日常生活でも恩恵が受けられる点など、様々な魅力にも惹かれました。
エンジニアになることを決心してからは、働きながらIT技術の勉強を独学で行い、ポートフォリオを作成して転職活動を行いました。
そしてSES企業に内定を頂けました。
SES企業に入る
SES時代は主にJavaを用いた開発を行っていました。
客先常駐の会社だったので資格取得で報奨金が出る制度もあり、Javaの資格としては最も難易度の高いJava Goldの資格を取得しました。
この会社ではエンジニアの基礎中の基礎を学ばせて頂きました。
担当する工程は実装がメインではありましたが、gitすらあまり触ったことがなかった当時の私からすると学べる事だらけでした。
SES企業を退職
大炎上プロジェクトに派遣され、暫く経った頃に退職することになりました。
そのプロジェクトは毎月70-90時間の残業がありました。管理職メンバーに関しては終電にすら間に合わずタクシー帰りの日が度々あるという状況でした。
こういった職場はネットでしか聞いたことがなかったですが、自分が体験するとは思ってもいませんでした。
大変な目にあったのも事実ですが、一方で圧倒的な量のタスクをこなすことでスキルアップができ、
精神的にも肉体的にもタフになれたと感じました。
ここでの経験を思い出せば、大抵の無理難題は何とかなるという自信が持てるようになりました。
客先常駐の働き方に疑問を持ち、受託や自社開発を行っている会社に転職したいと強く思うようになり退職を決意しました。
受託・自社開発会社に入る
転職活動期間を経て、受託&自社開発を行っている会社へ転職することができました。
主にPHP(Laravel)を用いて開発を行っています。
この会社では受託案件を担当し、広い範囲の仕事を任されました。
バックエンド開発だけでなく、フロントエンド開発やインフラの構築・運用も行っており、幅広い分野で経験を積むことができ、貴重な体験を積むことができました。
SES時代はシステム開発の一部分にしか関われませんでしたが、今ではシステム開発のかなりの範囲を担えるようになりました。
これから
未経験だった頃からは、考えられないほど成長していると実感できています。
異業種から転職した経緯もありまだまだ業界歴は短いですが、このままエンジニアとして一生働きたいと思っています。
AIの台頭もあり、今後エンジニアという職業がどう変化していくかわかりません。
しかし、新しい技術のキャッチアップはわくわくするのでこの変化を楽しみながら生きていきたいです。